2009年11月04日
講義での禁句「私は学生のとき、ほとんど勉強しなかった」
よく、医学部の講義に来られた臨床医の先生などが、学生たちにこんなことを言ってしまうことがあります。
「私は、学生のとき、ほとんど勉強しなかった。自慢じゃないけど」
自慢してもらってはこまります(笑)。
多くの場合、このメッセージは、学生たちにきちんと伝わらず、弊害ばかりが目立ちます。
よく勉強する医学生からは、「またか」と、幻滅をされ、
勉強に身が入っていない医学生からは、「そうなんだ。だったら、大丈夫だ」と。
結局、お互いに何も生まないどころか、かえって、学習意欲をスポイルしてしまう。
なぜ、先輩医師たちは、医学生たちに、こんなことを言いたがるのでしょう。
それは、医学生や医師が、医学という学問を学ぶことについて、歪んだ認識をもっているからです。自分自身もそれを持っていたと思います。そこから生まれる、誤ったサービス精神の発露。
「あとで、役に立つから、勉強しておく」
「あとで、困るから、今、勉強しておけ」
医学部で、医学生が医学を学ぶことが、ロールプレイングゲームの主人公キャラクターが、魔法の呪文や特別な武器を集めて行くような、そんなイメージ。
学問を学ぶ目的が、学問の外にあります。
これは、学問を学ぶ姿勢として、いささか、次元が低いとされています。
もちろん、患者さんのために、医学は発展して来た、と、思います。大きな原動力だと。だから、「病気の人を助けるために、医学部に入って、医師になりたい」と、受験生が面接で言ってくれるのは、悪いことではないと思います。
でも、大学で学問を修める、追究するというのは、もっと、高尚で、次元の高いもののはずなのです。
「わかることが楽しい」
「わからないことを知りたい」
学問の中に、学問を学ぶ目的があることがよい、と、されています。
医学という学問の立脚点、なかなか、難しいものがあります。
でも、せっかく、大学入試偏差値の高い学生たちを集めて、こんなムードのキャンパスでは、優秀な学生たちがかわいそうです。(偏差値が関係ないことは知っていますけれど。あえて、たとえとして使いました。)
受験生が面接で、
「医学を学びたいから、医学部を受験しました」
と、答えても、面接官は理解しないかもしれない。それではいけない。
医学を学ぶことを目的として、医学生が勉強する、そういうキャンパス、作りたいなあ。
「私は、学生のとき、ほとんど勉強しなかった。自慢じゃないけど」
自慢してもらってはこまります(笑)。
多くの場合、このメッセージは、学生たちにきちんと伝わらず、弊害ばかりが目立ちます。
よく勉強する医学生からは、「またか」と、幻滅をされ、
勉強に身が入っていない医学生からは、「そうなんだ。だったら、大丈夫だ」と。
結局、お互いに何も生まないどころか、かえって、学習意欲をスポイルしてしまう。
なぜ、先輩医師たちは、医学生たちに、こんなことを言いたがるのでしょう。
それは、医学生や医師が、医学という学問を学ぶことについて、歪んだ認識をもっているからです。自分自身もそれを持っていたと思います。そこから生まれる、誤ったサービス精神の発露。
「あとで、役に立つから、勉強しておく」
「あとで、困るから、今、勉強しておけ」
医学部で、医学生が医学を学ぶことが、ロールプレイングゲームの主人公キャラクターが、魔法の呪文や特別な武器を集めて行くような、そんなイメージ。
学問を学ぶ目的が、学問の外にあります。
これは、学問を学ぶ姿勢として、いささか、次元が低いとされています。
もちろん、患者さんのために、医学は発展して来た、と、思います。大きな原動力だと。だから、「病気の人を助けるために、医学部に入って、医師になりたい」と、受験生が面接で言ってくれるのは、悪いことではないと思います。
でも、大学で学問を修める、追究するというのは、もっと、高尚で、次元の高いもののはずなのです。
「わかることが楽しい」
「わからないことを知りたい」
学問の中に、学問を学ぶ目的があることがよい、と、されています。
医学という学問の立脚点、なかなか、難しいものがあります。
でも、せっかく、大学入試偏差値の高い学生たちを集めて、こんなムードのキャンパスでは、優秀な学生たちがかわいそうです。(偏差値が関係ないことは知っていますけれど。あえて、たとえとして使いました。)
受験生が面接で、
「医学を学びたいから、医学部を受験しました」
と、答えても、面接官は理解しないかもしれない。それではいけない。
医学を学ぶことを目的として、医学生が勉強する、そういうキャンパス、作りたいなあ。
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コメント一覧
1. Posted by hiroki 2009年11月04日 20:55
現在医学部6年で、先生がいらっしゃる大学とは別の大学で医学を学ばせていただいております。
私の大学にも、さも武勇伝のように「勉強していなかった」とおっしゃる先生や、「学生のうちは勉強せずに遊べ」と勉強することを否定される先生までいらっしゃいました。その度に勉強が好きな自分を否定されているように感じていました。この記事で、それでも勉強してきた自分が無駄ではなかったと改めて感じることができました。ありがとうございました。
2. Posted by Arumato 2009年11月05日 09:50
言葉の意味の取り方次第かもしれませんが、もしかしたら・・「学生の時は勉強しなかった。でも、卒業して社会に出て勉強しないといけないことが判り必死で勉強したから今あなた方の前に立っています。」と解釈したならば、自慢ではなく勉強の必要性を訴えているようにも感じます。
某旧帝国大の大学院に入れなかった友人が半分嘆きのように言っていた言葉に「君達は、熾烈な受験戦争を勝ち抜いてこの大学に入学してきたのだから大いに遊びなさい。と言われた。でも、その言葉を真に受けて遊びすぎると留年が待っている。
本当に賢い奴は、途中で気がついて必死に勉強を始める。そして優秀な人だけ大学院に残れる。大学側は本当に優秀な人しか残したくないんだよ!大学名だけで社会に出てもで食っていけるから。。(当時)。優秀でなかったら早く社会に出ろって言われているみたいでシャクだけど」って言っていました。
医学部などみたいに国家試験合格を目指している学部などはともかく目標が無い学部生はまんまと甘い言葉の罠にハマってしまいますが、言葉の裏を読むとこんなふうにも解釈できるかと思います。言葉の先の意味を考える習慣をつけると感情的に物を解釈することがなくなってきます。これって文科系の頭の考え方なんですがね。
某旧帝国大の大学院に入れなかった友人が半分嘆きのように言っていた言葉に「君達は、熾烈な受験戦争を勝ち抜いてこの大学に入学してきたのだから大いに遊びなさい。と言われた。でも、その言葉を真に受けて遊びすぎると留年が待っている。
本当に賢い奴は、途中で気がついて必死に勉強を始める。そして優秀な人だけ大学院に残れる。大学側は本当に優秀な人しか残したくないんだよ!大学名だけで社会に出てもで食っていけるから。。(当時)。優秀でなかったら早く社会に出ろって言われているみたいでシャクだけど」って言っていました。
医学部などみたいに国家試験合格を目指している学部などはともかく目標が無い学部生はまんまと甘い言葉の罠にハマってしまいますが、言葉の裏を読むとこんなふうにも解釈できるかと思います。言葉の先の意味を考える習慣をつけると感情的に物を解釈することがなくなってきます。これって文科系の頭の考え方なんですがね。
3. Posted by moto 2009年11月06日 00:17
言ってる本人は武勇伝のつもりでしょ。ほんとはこういう人に限ってガリ勉
(古いかな)してるんだと思うよ。
ジョークとして聞き飛ばす余裕も必要ではないででしょうか。
(古いかな)してるんだと思うよ。
ジョークとして聞き飛ばす余裕も必要ではないででしょうか。
4. Posted by trombe 2009年11月06日 22:18
「医学を学びたいから、医学部を受験しました」
という理由こそが一番あるべき姿だと思いますね。
なぜなら、「病気の人を助けるため」であれば必ずしも医学部である必要がないからです。それならたとえば薬学部ではなぜいけないのか。
ほかの志望理由も様々あるでしょうが、「なぜ医学部なのか」という根本的な問いへの答えにはなっていない場合が多いかと。
しかしまぁ、「勉強する」という当たり前のことをいちいち言及しなければならない現状が情けない。
「勉強熱心」ということは本来美徳であるはずなのに、今や逆ですからね・・・。
という理由こそが一番あるべき姿だと思いますね。
なぜなら、「病気の人を助けるため」であれば必ずしも医学部である必要がないからです。それならたとえば薬学部ではなぜいけないのか。
ほかの志望理由も様々あるでしょうが、「なぜ医学部なのか」という根本的な問いへの答えにはなっていない場合が多いかと。
しかしまぁ、「勉強する」という当たり前のことをいちいち言及しなければならない現状が情けない。
「勉強熱心」ということは本来美徳であるはずなのに、今や逆ですからね・・・。
5. Posted by クロ。 2009年11月07日 22:33
勉強しないということがいい事、というわけではないけれど、医者になるのに机の前で勉強だけしてればいいわけじゃないという、先輩医師からのメッセージとしてとらえていましたが・・・。
勉強以外の事に手をだしても自分はこうやって医者になれたのだから、勉強だけしないと医者になれないとか思わずに色んなことを学べ、という人間味あふれる言葉だと思っていました。 そしてそれをいう先生は大概いろんな生徒の話もしっかり聞くような気が・・・
勉強以外の事に手をだしても自分はこうやって医者になれたのだから、勉強だけしないと医者になれないとか思わずに色んなことを学べ、という人間味あふれる言葉だと思っていました。 そしてそれをいう先生は大概いろんな生徒の話もしっかり聞くような気が・・・
6. Posted by クロ。 2009年11月07日 22:50
追加ですが、
先生が話された個人的な経験談を、そのまま「じゃあ自分もしなくて平気だ」と思ってしまう学生の他力本願さが問題じゃないのかと思います。高校生じゃないのだから、前述のhirokiさんのように、そこで負けずに勉強したいとしっかり思って頑張ったり、逆に先生の言葉で違う世界が見えたならそこから何か頑張ったりと、医学生なら自分のあり方をしっかり自分で考えなくてはいけないと思います。試験に落ちて鵜呑みにすることの危うさを学ぶならそれも結果としてはいいかと思いますが。マッチングの「自己分析」に通じるものがあるかと… でも勉強をすること自体を否定するのはよくないですね。
先生が話された個人的な経験談を、そのまま「じゃあ自分もしなくて平気だ」と思ってしまう学生の他力本願さが問題じゃないのかと思います。高校生じゃないのだから、前述のhirokiさんのように、そこで負けずに勉強したいとしっかり思って頑張ったり、逆に先生の言葉で違う世界が見えたならそこから何か頑張ったりと、医学生なら自分のあり方をしっかり自分で考えなくてはいけないと思います。試験に落ちて鵜呑みにすることの危うさを学ぶならそれも結果としてはいいかと思いますが。マッチングの「自己分析」に通じるものがあるかと… でも勉強をすること自体を否定するのはよくないですね。
7. Posted by nov 2009年11月08日 03:31
僕は今、医学部の2年ですが、僕の大学でもよく「学生のときに遊んでおけ」という言葉をよく聞きます。
講師や部活のOB、先輩など多くの人がおっしゃるので、結構、影響されてしまう人も多いように思います。この言葉は、もともと勉強すること自体が好きではない学生の後押しをしてしまうんですよね。
でもいつも疑問に思うのですが、医学部に入って勉強しない学生ってなぜ医学部に入学したのでしょうか?
医師になれば比較的安定な収益が得られると思っているのならば、愚か者というしかありません。
病気で苦しむ患者さんを治したいからなら、なおさら勉強すべきでしょう。
そう考えていくと、本当にしっかりとした動機をもって入学してきた学生ってほんの一握りな気がします。大体は親に言われて入ったなどの不純な動機でしょう。
また、「医師になったら狭い世界で生きなければならないから、学生時代に遊ぶことでコミュニケーション力や一般教養を身につけなければならない」という意味不明な理論を掲げる人もいます。
コミュニケーション力や一般教養が意図的に身につくと思ってること自体が間違いですし、だから勉強しなくていいという結論には到底なりえないと思います。
と、最近の鬱憤をズラズラと書いてしまいました。
講師や部活のOB、先輩など多くの人がおっしゃるので、結構、影響されてしまう人も多いように思います。この言葉は、もともと勉強すること自体が好きではない学生の後押しをしてしまうんですよね。
でもいつも疑問に思うのですが、医学部に入って勉強しない学生ってなぜ医学部に入学したのでしょうか?
医師になれば比較的安定な収益が得られると思っているのならば、愚か者というしかありません。
病気で苦しむ患者さんを治したいからなら、なおさら勉強すべきでしょう。
そう考えていくと、本当にしっかりとした動機をもって入学してきた学生ってほんの一握りな気がします。大体は親に言われて入ったなどの不純な動機でしょう。
また、「医師になったら狭い世界で生きなければならないから、学生時代に遊ぶことでコミュニケーション力や一般教養を身につけなければならない」という意味不明な理論を掲げる人もいます。
コミュニケーション力や一般教養が意図的に身につくと思ってること自体が間違いですし、だから勉強しなくていいという結論には到底なりえないと思います。
と、最近の鬱憤をズラズラと書いてしまいました。
8. Posted by きゃまごろう 2009年11月10日 13:56
大昔の医学レベルだと、本当に勉強しなくてもすんだと思う。講師の先生が一概にうそを言っているわけではない。それでも医療はうまくまわっていた。医学が急激に進歩した昨今ではそうはいかない。
9. Posted by ぷーさん 2009年11月12日 21:28
みなさま、コメントをありがとうございました。
この記事がこんなにたくさんのコメントをいただくことになるとは思いもよらず。楽しく、コメントを拝見させてもらいました。
昔の医学生が本当に勉強していなかったのかどうか、は、比較のしようがないかもしれませんが、教科書自体は、分量が増えただろうなあとは思います。
もちろん、医学生は、十分な大人のはずなので、大人であるなら、自分で、どうすべきか、何をしたいのか、しっかりと考えて行動して、そして、その結果の責任は、自分で負うのが本当だろうと思っています。
この記事がこんなにたくさんのコメントをいただくことになるとは思いもよらず。楽しく、コメントを拝見させてもらいました。
昔の医学生が本当に勉強していなかったのかどうか、は、比較のしようがないかもしれませんが、教科書自体は、分量が増えただろうなあとは思います。
もちろん、医学生は、十分な大人のはずなので、大人であるなら、自分で、どうすべきか、何をしたいのか、しっかりと考えて行動して、そして、その結果の責任は、自分で負うのが本当だろうと思っています。

